「進撃の巨人」の人気について思う事

日常から
09 /01 2013
 現在「進撃の巨人」日本、韓国で同時放映されて、両国とも社会現象になるほどの話題となっているとか...

 実際に、筆者も「最近、ハマったもの...」で「進撃の巨人」に関する記事を書かせていただきました。

 韓国の事情はとりあえず横に置いて、なぜ日本でもこれほどヒットしているのかを筆者なりに考えてみました。

 まず、今の閉塞的な社会環境を壁に例え、それを打破する非日常的な事象(この場合、壁の崩壊と巨人の侵入みたいな)をどこか期待しているところがあるということ...

 ただ、それはたぶん、一番当たり障りのない、まあ、何のひねりもない、芸のない、当然すぎるような回答です。筆者としては、もう少しひねた回答を考えてみました。

 筆者は氷河期世代、あるいはロストジェネレーション世代と呼ばれる最も悲惨な世代の一人です。しかし、筆者は運よくずっと正社員でいられました。

 しかも休職まで認められるという運の良さ...ただ、その足元は決して盤石とは言い難いものではあります。しかも家庭環境に至っては崩壊寸前。

 筆者の社会人生活の始まりは、〝リストラ〟なる言葉が生まれた時期にあり、次々と年配の方が会社にクビを切られるのを目の当たりにしました。

 そして、リストラの波は、いつの間にか筆者の世代の周辺にまで訪れ、いつクビになるとも分からない不安定な環境へ変わっていました。

 成果主義の名のもと、激しいサバイバルレースのレールに乗せられ、常に周囲との少ないパイの取り合いが展開されるようになりました。

 いわゆる成果主義というなのサバイバルレースという環境は、ある意味、劇中の壁外の環境にあたっているんじゃないかと思いました。

 また、同時に、何の基準で行われているか分からない不条理極まる〝リストラ〟という首切りがちょうど、得体の知れない巨人が人間を食らう行為と同一視できる思ったわけです。

 怒れる巨人化イェガーの咆哮は、いわば氷河期世代というレッテルを貼られ、不条理なサバイバルレースを強いられ、その上〝リストラ〟に怯えなければいけない不条理に対する怒り...

 少なくとも、そういう怒りを筆者は心の奥深くに抱えているように思っています。だから、心地よく感じたのでしょう、あの巨人化イェガーが、他の巨人をなぎ倒し駆逐する様を。

 

 ただ「戦え!」というのは、やっぱり非日常的なものであり本質ではない...そういう非日常的なサバイバルレースを忘れ、平々凡々と生きるのが、本質的なものであると思います。

 筆者は、失われた20年という期間を双極性障害というモンスターに翻弄されつつ、危うい綱渡りをしながら、奇跡的に生き延び、そして休職という現在に至って、そう悟りました。

 戦うといった非日常は、あくまで劇中でのみ。実生活は至って平凡...それが筆者の目指すところです。

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クロサワウヅキ

性別:男
年齢:アラフォー

20代前半でForceに目覚める。
その後、SithのDark Lord〝Darth Ruin(Ⅱ)〟を襲名
というStar Warsのコアなファン

なお、メンヘルへの誹謗・中傷は許しません。