船は大海原を進む

Mental Disorder
12 /30 2012
 今年最後のUPをしたいと思います。

 内容は双極性障害などの精神疾患に関することなので、Star Warsファンの方には少々向かない話ですが、もし退屈しのぎになるのであれば、是非ご一読いただければ幸いです。

 2年前になりますが、2010年9月21日にPress Releaseとして日本イーライリリー株式会社が、『「そううつ病(双極性障害)」に関する全国1,270人の市民を対象にインターネット調査』を発表しました。極めて残念な話ですが、双極性障害をはじめとする精神疾患が、いまだ世間に認識されていないことが分かります。

 ですが、こんなところでぐちぐちと言っても、世間の認識が急に変わるわけでもないし、このブログを訪れている方には、是非知ってほしい、全く別の視点から精神疾患というものを捉えてみようと思います。

 この考えは芝伸太郎著作の「日本人といううつ病(1999.人文書院)」に基づくものであり、非常にいい解釈だと思いました。

 まず、〝大海原〟を世間や社会、そして〝大海原〟を進む〝船舶〟が世間や社会を生きる人に、それぞれ例えます。大海原は、天気が良い限り、平穏であり、そこを進む〝船舶〟もまた何事もなく無事にすすんでいけます。しかし〝大海原は常に変化しますので、「嵐」が訪れたり「高波」が訪れたりします。

 〝船舶〟がそのような事に遭遇すれば、転覆の危機にさらされます。しかし、その〝船舶〟が大型で「嵐」や「高波」をゆうゆうと乗り越えられるものであれば、簡単に切り抜けられるでしょう。しかし、平穏と見える〝大海原〟に浅い「岩礁」があれば、大型の船舶はうまく避けられず、岩礁にぶつかり転覆してしまうかもしれません。むしろ小回りの利く小型の〝船舶〟の方が有利です。

この「嵐」であったり「高波」であったり「岩礁」が、いわば、社会生活や世間にある、あらゆる好ましくない出来事、自然災害であったり、犯罪に巻き込まれることであったり、社会生活のストレスに耐えられなくなったりをあらわします。そして、転覆という出来事が、精神疾患であれば、病気の発症、たとえばうつ病による休職などであったりするわけです。

 しかし、転覆がすなわち、人生の終わりであったりすることではなく、いわば挫折です。うつ病なり、双極性障害なりで、一時的に〝船舶〟での航海を断念せざろう得ない状況であっても、再び〝大海原〟漕ぎ出せばいいだけなんです。

 もちろん、大型の〝船舶〟として岩礁に近づかないという方法もとれます。しかし、いくらなんでも、永久に大海原を進み続けるのは如何なものでしょうか。時には接岸し休息することも必要でしょう。燃料も補給しなければなりませんよね。永久に動き続けることができれば、それは理想ですが、そんなありもしない理想論を掲げても仕方のないことです。

 何が言いたいかというと、単純に〝大海原〟を〝船舶〟で進むことに関して、例えば、大きさ、用途、エンジンの大きさ等々で、様々な〝船舶〟があるということ、これが、つまりは人間が身体的に精神的に持つ、それぞれの個性ではないかということです。

 大海原は、社会が刻一刻と変化するように、同じく刻一刻と変化します。昔は「天才」と称された人が、今の時代にあって「病人」と扱われるのも、その時々の社会情勢による変化であり、その時代であるが故、ということも言えるわけです。

 画家のゴッホは、その時代において適切な治療を受けることもままならないまま自殺しましたが、皮肉にも彼の死後に画家としての偉業が認められました。黒人解放を成し遂げた政治家リンカーンは、その時代にあって偉業をなしとげ、今もなお語り継がれていきます。

 かれらが持つ、それぞれの個性は、やはり時に、その社会情勢という〝大海原〟の只中と相まって、時に不遇な時代を過ごしました。しかし、彼らが「双極性障害」という精神疾患を持っていた、そのことのみで、彼らの偉業を否定されないと思います。

 つまりは、精神疾患も人間の持つ1つの個性であり、彼らを取り巻く社会情勢に中で、運悪く「病人」であったり「天才」であったりするのしょう。

 まあ、こんなことを書くのもいささか気が引けるのですが、精神疾患とは、ある意味、個性の一つの極をなし、そのような境地を持つが故、それを克服した時、その時代、あるいは後世に語り継がれる何かを残すのかもしれません。

 いま、双極性障害をはじめとする様々な精神疾患に苦しみながらも、それを前向きにとらえ、己の個性と捉え、また、世間もまた、それも多様性の中にある一つの個性と受け取ってもらえれば、差別は多少は少なくなると思います。

 もちろん、人によっては多様性など不要、ある程度の枠の中で社会はあるべきと考える人もいるかもしれません。多様性のない社会では、かつての社会主義などのように一様なものであり、競争はなくなるでしょう。しかし、競争のない一様な社会にどれほどの魅力や活気があるのでしょうか。おそらくはないと思います。いずれ社会は衰退し、崩壊していくことでしょう。

 これは先ほどの〝大海原〟進む〝船舶〟でも同じことがいえます。多様性がなかったとしたら、全ての個体が一様のものであったとしたら、〝大海原〟を進む船舶が一様に大型だけだとしたら、たとえ「嵐」を乗り越えられたとしても「岩礁」で多くの、もしかしたらすべての〝船舶〟が転覆してしまうかもしれません。それは、社会の衰退や崩壊にあたると思います。

 私は「双極性障害」を患いながらもいずれは克服し、その多様性の一端を担うものとして誇りを持って生きていければ、と思います。

 ここまで長々と書いたこの文章を読んでいただいた方には深く感謝いたします。

 来年こそは復職を果たし、社会という荒波に再び船を漕ぎ出せれば、と思います。

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クロサワウヅキ

性別:男
年齢:アラフォー

20代前半でForceに目覚める。
その後、SithのDark Lord〝Darth Ruin(Ⅱ)〟を襲名
というStar Warsのコアなファン

なお、メンヘルへの誹謗・中傷は許しません。