闘病生活??? という世迷い事

Mental Disorder
01 /16 2013
 休職・療養に入ってから、すでに半年以上。最近、周囲の人が鬱陶しく思える時があるんです。なぜなら、明らかに一進一退な病状なのに、周囲の人には回復してきたように演技しなければいけない自分を発見するからです。

 そして思ったが、例えば、よく似た『うつ病』にしても双極性障害にしても、休職・療養期間って、闘病生活なのかってことです。

 闘病と思えば思うほど、回復してきてるよって周りに思わせなければいけないって気持ちになります。そうすると気持ち的には無理をして、翌朝、ものすごく嫌な気持ちになる、いわば無限ループに陥ってしまいますから。

 だから、そもそも闘病って何って思い始めたんです。

 私自身、何も双極性障害だけじゃなく、交通事故により足にひどいケガを負い、辛いリハビリを経験してます。その経験から言わせてもらうと、リハビリってドラマとかで見るほど、何か美談になりそうなことじゃないです。半端なくきついんです。もしかしたら一生治らないんじゃないかって、ものすごく絶望的な気持ちになって、もうリハビリなんていいやって思ったのは一度や二度じゃないですから。

 こんな時、もし「そんな気持ちじゃだめだ、がんばれ」てな具合に、ドラマチックに言われた日にゃぁ、多分、その人のことを、松葉づえでしこたまぶん殴っていますね。無言で…。

 そんな経験もあるもんですから思うんです。闘病って何よって。

 そもそも誰と闘うんですかね。ケガと? 病気と? 姿も形もないものを相手に闘えますか? 「自分との闘い」ってヒロイックに表現する人もいるでしょう。でも、根本的にそれが間違っていると思うんです。

 自己啓発じゃあるまいし、それなら、ケガや病気で長いこと治療をしてきた人は自分と闘い、自己実現してますかね?

 ひところ流行った『カ○マー』とかになってますかね。悟りでも開いてますかね、解脱してますかね。そんなことはないでしょう。もしそうなら、病院には仙人みたいな人や高僧みたいな人がたくさんいることになります。探せばあるのかもしれませんが、私はそんな病院や入院病棟はみたことはありません。

 闘うことに何の意味もないんです。そう思うんです。苦しい治療の果てにあるのは、治った自分がいるだけで、まあ、せいぜい、苦労したなと思うくらいです。せいぜい、あの時、看護士にでも手を付けとけばよかったという後悔だけです(笑)

 私見ですが、闘いとは、あくまで競争の延長線上にあるものです。競争だって相手がいなかったら競争にもなりません。自分との闘いにしたって、そもそも闘う相手が自分ですから、文字通り、独り相撲です(笑)

 もうここまで来ると、見えてきますよね。闘病なんて言葉はヒロイックな人が作った自己満足の産物に過ぎないってこと、むしろそんなことに踊らされること自体に何の意味もないんです。

 別に闘わなくていいんですよ。ケガのリハビリにしたって、そりゃあ、苦しいですけど、時間が経てば結局なんとでもなってしまう。実際、私は何とかなりましたから。

 そういう開きなおりこそが案外大切なんじゃないかなって、ふと思いました。

                                             Fin
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クロサワウヅキ

性別:男
年齢:アラフォー

20代前半でForceに目覚める。
その後、SithのDark Lord〝Darth Ruin(Ⅱ)〟を襲名
というStar Warsのコアなファン

なお、メンヘルへの誹謗・中傷は許しません。