突然気付いたこと...

Mental Disorder
01 /31 2013
 ここしばらく精力的にブログ更新しているのは軽躁病相ではなく、むしろうつ病相がより著しいからだと思ってます。

 何かを書いていると不安はなくなるので、ブログ更新しかなくなっちゃうわけなんですよね。

 最近は、双極性障害と遺伝的形質に関する資料や論文を精力的に読んでいます、というか、ともかく何でもいいからやってないと落ち着かないんです。

 で、ふと気付いたことなんですが...

 愛読している「ダイヤモンドオンライン」で、2008年10月16日から24回に渡って掲載されていた精神科医泉谷閑示氏の「8人に1人が苦しんでいる!「うつ」にまつわる24の誤解」は、いろんな意味でサジェッションを受けます。

 これを読んでから、突然、閃いたことなんですが、「病気のせいにしている」という殺し文句って、いわば、逃げ道を塞ぐようなものんじゃないかということです。

【第18回】に掲載されていた『「逃げる」のは悪いこと?―ウツの人にもよく向けられる精神論』で、病気のせいにして逃げるということは決して悪いことじゃない。むしろ「逃げる」ことを悪いことと決め付けてしまうことで、「逃げ」場を失った人が抑圧を受け、身も心も疲弊して〝うつ〟になるという流れを(たぶん)展開しており、非常に説得力のあるものとなっています。

 そして、この考えは「病気のせいにしている」ということに対するアンチテーゼを示す手がかりとなってるんじゃないかと思ったんです。

 「病気のせいにしている」ということがダメというのは、「病気のせいにしちゃいけない」ということです。つまり「病気のせい」にすることが悪いことという、「逃げる」ことのできない展開になるわけなんです。

 でも実際は、例えば筆者の軽躁病相における迷惑行為とかは、間違いなく「病気のせい」です。これは否定できない事実です。

 でも筆者は「だから許せ」と言っているわけではありません。事実を述べているのに、それを言い訳だとか、開きなおりだとか、『逃げ』道を塞ぐようなことを言うから、話がおかしくなるんです。さっきの『「逃げる」のは悪いこと?―ウツの人にもよく向けられる精神論』と同じです。

 まず「病気のせい」という事実を前提として考えれば、次にじゃあ「どのように責任をとるか」という本質的な話が展開していきます。むしろこの流れの方がいいんじゃないでしょうか、患者本人とその相手にとってもいろんな意味でプラスになります。

 感情論による否定的な意見は単なる水掛け論で何の進展ももたらしません。むしろマイナスになるだけです。黒返しになりますが、患者がいて、その相手がいて、生産的な話をするというのであれば、まず前提として「病気」ありきなんだろうなと気付いたんです。

 以前『14番目の項目「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」』で書いた『検察側は「病気のせいにして、反省していない」と非難』はどこか感情的なものと思わずにはいられないんです。もう少し掘り下げてみれば「病気のせいに」しなければ、被告は反省していると見なされたかというと、たぶんそれはありえません。むしろ、本質的には責任能力があったかどうかというところで、検察側としてはそう言わざろう得なくなってしまったんでしょうね。そう考えると少し怖い気もします。

 話が横道にそれましたが、いずれの場合であっても「病気のせい」という事実に立って、患者本人にどのような責任を取ってもらうかを冷静に判断することが、何においてもいいことなんじゃないかなと、ふと思いました。

                                                Fin
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クロサワウヅキ

性別:男
年齢:アラフォー

20代前半でForceに目覚める。
その後、SithのDark Lord〝Darth Ruin(Ⅱ)〟を襲名
というStar Warsのコアなファン

なお、メンヘルへの誹謗・中傷は許しません。