戦争と平和

日常から
02 /11 2013
 トルストイの「戦争と平和」ではありません。

 よくある勘違いですが、「平和」の反対は「戦争」ではありません。「無秩序」もしくは「混沌」です。「混乱」でもいいかもしれません。

 なぜなら『「戦争」とは「外交の延長」(カール・フォン・クラウゼヴィッツ)』であり、「戦争」には一定のルールがあるからです。かつては「戦時国際法」と呼ばれていましたが、現在は「武力紛争法」もしくは「国際人道法」と呼ばれています。

 平和時の外交交渉(話合い)があり、どうしても外交交渉がうまくいかない場合は「戦争」に突入します。つまり「戦争」とは「平和」の延長線上にある「秩序」だった外交手段であるということです。

 なぜ、今、中国が挑発行動をとるかというと、「平和」と「戦争」のちょうど中間ぐらいにある示威行動、つまり「戦争」はしないけど「平和」的な交渉には応じないよ、と言っているのです。

 世界で「平和」な外交交渉が常に行われれば「戦争」は生じません。必要ないからです。ですが、「平和」的外交だけでは、世界の国々が成り立たないから「軍隊」を持ち、いざとなれば「戦争」による外交を行うのです。

 なぜ「平和」な外交交渉が成り立たないのでしょうか。それは簡単です。それぞれ、国益を第一に考えるからです。ですから、世界はあくまでもパワーバランスによって成り立ちます。強い「軍隊」あるいは、「兵器」を持つ国が有利な交渉を推し進めることができるのです。

 なぜ、アメリカが「世界の警察」と言っているかというとそれだけの軍事力があり、多くの核兵器を有しているからです。

 今、日本はアベノミクスの名のもと、再び世界を舞台に躍進しようとしています。だから、安部総理は憲法改正に意欲的であり、「国防軍明記の必要性を明言」しているのです。日本だって軍隊を持ってるぞと。

 もちろん表向きは「自衛隊は国内では軍隊と呼ばれていないが、国際法上は軍隊として扱われている。このような矛盾を実態に合わせて解消することが必要だ」と言っています。

 ですが、それは表向きであり、極東アジアの緊張状態に一定の均衡をもたらしたいと思っているからじゃないでしょうか。

 そのうち日本の核武装も言い出すんじゃないでしょうか。いえ、これは、外交手段の一種です。実際には持たないかもしれません。

 なぜなら、核兵器は所有することに意義があり、使用することは国家の破滅をもたらすからです。というか使用すれば、ノスト○ダムスの大予言が14年以上もずれて的中(?)してしまうかもしれませんね。

 さて、2月11日の「建国記念の日」に合わせ建国記念日にあわせ憲法改正についての賛成・反対の各団体が集会を開いたようですね。

 ですが、現実問題として極東アジアの緊張状態は変わっていませんね。さて、それを鑑み、改めて憲法改正の是非を深く考えてみるのもまた大事なんじゃないかと思います。

 ただ「友愛」とかなんとか言って極東アジアの緊張状態が緩和するとは思いません。というか、より緊張状態が高まっている気もしないでもありません。

 常に世界情勢と日本の立ち位置とを鑑み、時には「戦争」と正面から向き合い、日本が「平和」であるために、憲法改正が妥当なものかどうか、単なる感情論ではなく、冷静な気持ちで考えてみたいものです。

                                                  Fin
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クロサワウヅキ

性別:男
年齢:アラフォー

20代前半でForceに目覚める。
その後、SithのDark Lord〝Darth Ruin(Ⅱ)〟を襲名
というStar Warsのコアなファン

なお、メンヘルへの誹謗・中傷は許しません。