死者は語れない...その2

日常から
04 /14 2013
 前回『医学とは何か?』なんて哲学的なことを書きました。で、その続きです。

 「医学とは自然に逆らう不自然なもの…」と〝ブラよろ〟では述べられていますが、筆者は自然に逆らうものであっても、それは「不自然」なものではないと思います。

 例えていうなら、「サメの嗅覚」「トカゲ(カナヘビ)のしっぽ」「ゾウの巨体」など、あらゆる生物が進化の過程で厳しい自然を生き抜くために獲得した能力と同様のものであろうということ。

 もっと具体的には、〝医学〟とは、厳しい自然(病気の蔓延や災害による怪我)に対抗し、生き延びるための能力であると思います。

 ただ、〝医学〟は、ある時点から、非常に速い速度で進化してしまいました。結果、バランスを崩した歪んだ進化になったのではないかと筆者は思っています。

 だからこそ、人によっては、それを「不自然」と言うのかもしれませんが、筆者は、やっぱりそれは極論だと思います。

 そして、その歪んだ進化の中で産声をあげたものの1つにイレッサがあるのかもしれません。しかし、それはまぎれもなく〝医学〟という能力から生み出された手段の1つでもあるのです。

 そこに副作用があろうと、それを知っていようと、生き延びる手段があるのであれば、一縷の望みをたくす患者は間違いなくいるでしょう。

 それも極論ではないかという意見も出てきそうですが、これは、筆者はある体験に基づいて深慮したものです。

 具体的にいうと、知り合いの末期がんの方が、秋田県玉川温泉の「悪性腫瘍(癌)に効く温泉」という〝いわれ〟にすがった事を間近でみていたからです。

 残念ながら「悪性腫瘍(癌)に効く温泉」かもしれない、という効能は、その方には現れませんでした。しかし、遺族の方は「本人が望むことをやれるだけやった、悔いはない」と述べていました。

 だからこそ、筆者はイレッサであれ、危険な副作用を承知の上で「一縷の望みをたくす患者は間違いなくいる」と述べているのです。

 そう考えると、この裁判の行方が、いったいどういう流れとなるのか、あるいは流れとなるべきだったのか、最期までガンと闘い続けた方の心情は想像するに難くないと思います。

 ただ、遺族の方々の心情もありますので、これ以上、言及すべきではないでしょう。筆者の言わんとするところを慮ってくれれば、幸いです。



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クロサワウヅキ

性別:男
年齢:アラフォー

20代前半でForceに目覚める。
その後、SithのDark Lord〝Darth Ruin(Ⅱ)〟を襲名
というStar Warsのコアなファン

なお、メンヘルへの誹謗・中傷は許しません。